手帳について書かれた新聞記事を見て思ったこと
先日、テレビで池上彰氏が「新聞というメディア」について解説していた。
「偏りがあるのが新聞なのだ」
と。。。もちろん、事実を伝えながら、そこにその新聞の意見が入るわけだろう。
だが、それを知ると、新聞の読み方が変わってくる。
少し前だが、ある新聞で”手帳”に関する記事を読んだ。しかし、それは「薄っぺらい」内容だった。残念だった。ごく断片的な情報-事実ではある-から、結論に導く流れは見事で驚いた。紙面の広さという物理的制限や編集方針という論理的制限からやむを得ない面もあるだろうけどね。
私は一人の読者として、
1)事実と論説-意見-をきちんと分けて読み、判断する
2)記事はあくまで表面的である可能性があることを理解しておく
3)記事はその対象をするひとつのきっかけであると感謝する
ということを意識していこうと改めて思った。
しかし、先の記事は”記事広告”か、”釣り”ではないかと疑ってしまうほど、偏りがあったぞ。手帳という記事の対象を一般人よりはよく知っている-上述の3でいう感謝はあたりにくい-私がいうので信じろ、ということではないけど、上述の2にあたる記事だったなと思う。
この一つの記事を持って、新聞そのものを否定するつもりはありません。とても便利な媒体だと思っています。こちらがどういう態度でその媒体に臨むかということが大切ですしね。
さて、皆さんはすでに2019年の手帳を買いましたか。
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