« 税務署の説明会へ行ってきた | トップページ | サッカー、日本代表監督について »

2007/11/29

払わない風潮と払う誠意

ある雑誌に、「ここまでは払わなくても大丈夫」というような特集記事が組まれていた。買って読んでみた。どのくらい払わなくてよいかという興味より、どのくらいマナーを考えていないのかという視点で読んでみようとした。結果は、

半々である。期待した方、すみません。

「法律を犯してまで消費者側に払わせようとする業者側への対抗」という点と「法律上問題ないのだから、マナーを考えなければ払わなくて済む」という点が入り混じっているのである。どちらにも分類が難しいものもあるが、個人的にはこの2つが気になった。

前者については、法律上払う必要性がないものであるから、これについては気をつけていくべき点であることは疑いがない。後者については、誤解を招くのではないかと思われるものもあった。たとえば、借金を踏み倒すといったものである。

病気(精神的なもの、身体的なもので借りなければならない状況になる)でお金を借り続けるとか、というものは助けられるべきものだと思う。しかし、悪意を持って返済しない(これは払うではなく、返すものである)というのはいかがなものか。個人的には、税金も「払う」のではなく、「納める」ものだと思っているから、払うという言葉をできるだけ使わないようにしている。

ところで、払う、納める、返すというものを考えなければ、お金の代わりに「労力」や「時間」をかけるという方法もあるらしい。が、個人的には「時は金なり」で、時間をかけるくらいならお金で済んでしまう方が安上がりという現実もあったりするのかと思うと、これもどっちもどっちだなと思う。

なかなか微妙な問題であり、記事を読んだ側の問題であることは間違いない。難しい。

「悪法も法なり」という言葉があるが、悪い法律も守らなければならない。一方には悪い法律でも他方には違うかもしれない。私個人は、この「悪法も法なり」という言葉は、「悪い法律も守らなければならないという意味と、本当に悪いのならば直すことができるのも法律」という風に解釈している。

また、マナーとルール(法律)の境目がなくなっていること自体も寂しい。

きれいごとだといわれればそうかもしれないが、「世の中お金だけじゃない」ということをもう一回考え直させられた。とりとめもなくてすみません。

« 税務署の説明会へ行ってきた | トップページ | サッカー、日本代表監督について »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7323/17214888

この記事へのトラックバック一覧です: 払わない風潮と払う誠意:

« 税務署の説明会へ行ってきた | トップページ | サッカー、日本代表監督について »

最近のトラックバック