« 講師の人たち | トップページ | 宗教と科学 »

2005/06/05

悪法も法なり

残念ですが、そういうことです。なぜこういうことを思ったかというと、年金の問題です。国民年金を払っていない人は、いまだ3割強(4割弱といった方がいいか)いるようです。「将来、自分がもらえることはないから」ということで、今払わないというのは、気持ちもわかりますけどね。

悪法も法なりとはよく言ったものです。確かに、その法律に対する議論はあるでしょうし、今の年金制度が良いとは僕自身、あまり考えていないですが、だからといって今、年金掛け金を払わないというのには直結しません。今の年金制度で助かっているお年よりはいるわけだし、将来、どういう形になるかわからないにしても自分もきっと多からず、少なからず、社会に世話になることになる。そう考えれば、悪法でも年金掛け金はきちんと支払った方がいいと思うから、自分は払ってます。

将来、残念なことが起こらないかというと、確かにそれもあります。例えば、今、掛け金を払っていない人が将来、きちんと僕と同じ年金をもらえるとかいうことになれば、それは不公平(平等ではあるかもしれないが)感がありますからねぇ。逆に、公平だとすると、公平感はあるにしても平等感は減る。ただし、平等という言葉自体は、人間の尊厳にかかわる部分にのみ適用されるものであって、金銭的、経済的な部分には適用されないんだとも聴いたことがあります。一理ある。

いずれにしても、他の人が払う払わないにひとつひとつけちを付けるつもりはないのですが、悪法も法なり。悪法だと思うのであれば、それを変える努力をしながら、一方で、現行法は守って欲しい。そう思ったのでした。

« 講師の人たち | トップページ | 宗教と科学 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 講師の人たち | トップページ | 宗教と科学 »

最近のトラックバック